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福岡地方裁判所小倉支部 昭和49年(ワ)95号 判決

原告

中山正利

ほか三名

被告

平戸口運輸株式会社

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告ら

一  被告は原告中山正利に対して九〇万三、三三四円、その余の原告らに対して各一五万二、二二三円およびこれに対する昭和四九年二月一七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言

被告

主文同旨の判決ならびに敗訴の場合仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

請求原因

一  原告中山正利は訴外亡中山公子の夫であり、その余の原告らはその子である。

二  被告は平戸と平戸口間の船舶による運送を主な業務とする会社で、訴外青崎龍海を雇用していたものである。

三  亡中山公子は昭和四八年九月一七日午後九時五分ごろ、平戸市大久保町二、四五五番地先道路を歩行中、折から進行して来た訴外青崎運転の軽四輪乗用車に衝突され、右事故による脳挫傷のため同年同月二〇日午前七時五分ごろ同市鏡川町柿添病院において死亡した。

四  当時訴外青崎は右事故当時呼気一リツトル中に〇・五ミリグラムのアルコールを保有しており、右事故は同人が右アルコールの影響のため被害者の発見がおくれ、適切な避譲措置をとることができなかつた過失によつて発生したものである。

五  事故当日午後五時三〇分から被告会社三階ホールにおいて被告主催の従業員の慰労会(出席者約五〇名)が行われ、訴外青崎もこれに出席して被告の提供したビールなど飲み酩酊の上帰宅する途中事故を発生させたものであるが、被告会社従業員の中には同訴外人を始め自家用車で通勤する者が多く、当日の慰労会に出席した者の中にも右のような者が二ないし三〇名はいたし、被告は訴外青崎を含むそれらの者が慰労会終了後自動車で帰ることを知つていたものである。

被告の右のような酒類提供は明らかに道路交通法六五条二項に違反する違法行為であり、本件事故は右のような酒類提供をした被告と飲酒運転をした訴外青崎の共同不法行為によつて発生したものであるから、被告は右事故によつて受けた原告らの損害を賠償する責任がある。

六  仮に右主張に理由がないとしても、被告は前記慰労会を事故当日と翌日の二回に分けて行うことを計画し、出席者を割り振り、全従業員の出席を要請し、事故当日訴外青崎は公休日であつたにも拘らず慰労会に出席し、その帰途本件事故を起こしたものである。

以上の事実からすれば、訴外青崎は被告の業務の執行につき本件事故を発生させたものとして、被告は民法七一五条の損害賠償責任を免れることができない。

七  本件事故による損害はつぎのとおりである。

(一)  亡中山公子は死亡当時四三歳の健康な女子で、家事に従事する外カクノ建材店に勤務し、昭和四七年一〇月から昭和四八年九月までの一年間に六一万六、八九四円の収入を得ていた。そして同人の家族構成、年齢からみて生活費は収入の四割とみるのが相当であるから、ホフマン方式により中間利息を控除した同人の死亡による逸失利益の現価は五〇三万円となる。

616,894×0.6×13.6≒5,030,000

原告らはこれを相続分にしたがつて相続したので、取得分は原告正利が一六七万円、その余の原告らが各一一一万円である。

(二)  原告正利固有の慰謝料額は一五〇万円、その余の原告らの慰謝料額は各八〇万円を下ることはない。

(三)  原告正利は亡青崎公子の葬儀費用を負担したが、うち三〇万円が本件事故と因果関係のある損害と認めるべきである。

(四)  弁護士費用中原告正利分一〇万円、その余の原告分各二万円は被告が負担すべきである。

以上のとおり原告正利の損害は合計三五七万円、その余の原告らの損害は各合計一九三万円である。

八  原告らは自賠責保険金五〇〇万円を受領し、訴外青崎から三〇〇万円のてん補を得たので、これらを各相続分にしたがつて右損害額から控除すると、残額は原告正利につき九〇万三、三三四円、その余の原告らにつき各一五万二、二二三円である。

九  そこで被告に対して右金員およびこれらに対する訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

答弁

一  請求原因一は不知、同二は認める。

二  同三は不知。

三  同四、同五のうち事故当日被告会社において原告主張のような慰労会が開かれ、訴外青崎もこれに出席したことは認めるがその余は争う。

右慰労会は被告会社と労働組合共同主催によるものであつたが、組合は組合員に右開催の趣旨を掲示して公表するにあたり、組合長、厚生部長より慰労会終了後の飲酒運転を避けるため、当日は自動車に乗つて出社しないよう付記して組合員の注意を喚起した外、右慰労会開催の冒頭、被告会社総務部長も出席者に対して会終了後自動車に乗らないよう注意を与えた。

訴外青崎は右宴会中途で退席し、帰途につくためフエリーで平戸島に渡つたが、フエリーの中で当日勤務の同僚阿立芳之船長から「酒をのんでいるようだし、私の自動車で自宅まで送るから、私の勤務の終了するまで待つていないか。」と勤められ、右勧告にしたがうような返答をしながら、フエリーを下船するや、平戸港近くに駐車していた自己所有の軽四輪乗用車に乗車して帰宅途中本件事故を起したものである。

ところで共同不法行為が成立するためには各人の行為が不法行為を構成すること、各行為者間の行為に関連共同が必要であるところ、被告の訴外青崎への酒類提供行為は独立して何らの不法行為を構成せず、また被告の右行為と本件事故との間には因果関係がなく、また被告の右行為と訴外青崎の飲酒運転行為との間には何らの関連共同性を認めることができない。

被告が共同不法行為責任を負担すべきいわれはない。

四  同六の事実中被告が民法七一五条の責任を負担する主張を除きその余は認める。

仮に訴外青崎の慰労会への出席が被告の業務の執行に該当するとしても、帰途につくため同訴外人所有の自動車を運転することはも早や業務の執行ということはできず、被告が民法七一五条の責任を負ういわれはない。

五  同七は知らず、同八のうち原告らが八〇〇万円のてん補を受けたことは認める。

第三証拠〔略〕

理由

一  訴外青崎龍海が被告会社の従業員であること、昭和四八年九月一七日同訴外人が被告会社で行われた慰労会に出席したことは当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない甲第一ないし一六号証によれば、同訴外人は右慰労会でビール二本半位を飲み、呼気一リツトル中に〇・五ミリグラム以上のアルコールを保有していて正常な運転ができないおそれがあるのに、帰宅のため自己所有の軽四輪自動車を時速約四〇キロで運転して同日午後九時五分ごろ、平戸市大久保町二、四五五番地先にさしかかつたとき、折柄同所を歩行中の訴外亡中山公子を発見できないまま自車を同訴外人に激突させ、よつて同月二〇日午前七時五分ごろ脳挫傷のため死亡するに至らせたことが認められる。

三  原告らは右慰労会で訴外青崎に酒類を提供した被告は本件事故につき同訴外人とともに共同不法行為責任があると主張する。

ところで共同行為が成立するためには共同不法行為者各人の行為が民法七〇九条所定の不法行為の要件を具えることが必要であることはいうまでもないところである。

前掲甲第一一ないし一六号証に証人林次男、阿立芳之の証言を総合すると、前記慰労会は盆の繁忙期の勤務に対する従業員の慰労のため組合の申入れにより被告が費用の全部を負担し、被告会社と組合の共催の名目で開催されたものであること、従業員の勤務の都合で慰労会は事故当日と翌日の二回に分け、何れも勤務に支障のない者が出席するよう振分けられたこと、右慰労会開催は組合において各職場毎に掲示して公表したものであるが、従業員の中には自家用車で通勤する者が多かつた関係で、組合は各掲示の際飲酒運転には特に注意するよう付記して一般の注意を喚起し、事故当日の慰労会の冒頭、被告会社の森総務部長も出席者に対して、帰りには自動車を運転しないよう注意したこと、会は未だ終つていなかつたが、訴外青崎は午後八時ごろ帰途につき、自宅のある平戸島に向うため被告会社の運航するフエリーに乗船したが、当日勤務中の船長阿立芳之から「今日は酔つているようだし私が自動車で送るから、勤務のすむ一〇時まで待つていてくれ。」と勧められ、その場では右勧告にしたがうような返事をしながら、フエリーから降りるや自己所有の前記軽四輪乗用車を運転して帰途につき、本件事故をおこしたものであることが認められる。

以上認定事実に徴すると、被告としては日頃訴外青崎が自動車で通勤していることは知つていたものの、事故当日は同訴外人を含む慰労会出席者に飲酒運転をしないよう重ね重ね注意し、右注意が一般従業員には相当徹底していたものとみられるのに、同訴外人は右注意にしたがわず、飲酒運転したため本件事故を発生させたものと認めるのが相当であり、他に被告が同訴外人の飲酒運転に積極的に関与したことをうかがうに足りる証拠はないのであるから、被告の同訴外人への酒類の提供と同訴外人の飲酒運転の結果発生した本件事故との間に相当因果関係を認めることはできないものといわざるを得ず、原告らの共同不法行為責任の主張はその余の判断をまつまでもなく理由がないものというべきである。

四  つぎに原告らは被告には民法七一五条の損害賠償責任がある旨主張するが、仮に訴外青崎の本件慰労会への出席が被告会社の事業の執行に該当するとしても、同訴外人は自己所有の自動車を運転して帰宅途中本件事故をおこしたものであるから、これをもつて「事業の執行につき第三者に与えた損害」ということはできないものというべきである。

もつとも証人阿立芳之の証言によると、被告会社は自家用車での通勤者に対してガソリン代として毎月定額を支給していることが認められるが、しかしながら、それは世間で一般化している通勤手当の性格を有するに過ぎず、従業員の自家用車を社用に利用させるためのものとは認め難いから、右のような事実も前記結論を左右するものではない。

五  叙上何れの点からしても被告に本件事故による損害賠償責任はないから、原告らの本訴請求はその余の判断をまつまでもなく失当として棄却を免れず、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 諸江田鶴雄)

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